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ガチャガチャからチラリと見えたZ世代(私)の価値観

2022/05/09

このページは、アイ・キューブのZ世代とミレニアル世代、ハナコ世代、
あらゆる世代の価値観を覗くことができるページです。

(「ガチャ」の名称はタカラトミーアーツの登録商標であり、
「ガチャポン」「ガチャガチャ」はバンダイの登録商標です。今回は、馴染みのあるガチャガチャで記載します。)

突然ですが・・・ガチャガチャは皆さんにとってどんな存在ですか?
小さい子どもが好きなもの?そんなイメージでしょうか?実は24歳の私、ガチャガチャが今も大好きです。それを目的に友人と遊ぶこともあります。
私の中でガチャガチャは映画のように重くはなくて(映画も好きです)、コンビニでわくわくと新製品を探しにいくような気軽感がありながらも、

それよりもっと楽しい空間であり体験だと感じています。
たくさんのガチャガチャの箱の中から、自分の直観で「これ欲しい!」と思わず心が動く箱を探し、その中から更に、どの子が私の下に来てくれるのか、300円を入れて(最近は500円の強者もいたりします)ドキドキしながら(レバー)を回す。
「・・・。あぁ、あなたか・・・実はあの子がよかったのに・・・」のような、この箱の中から「どれかは出ることがわかっている」でも「何がでてくるか分からない」、自分で選べないわくわくとスリルを体験することができます。
こんなワクワク感やスリルを気軽に味わえる体験は他にないんじゃないかな。と思っています。

家に居るガチャガチャたちにはそれぞれ出会いのストーリーがあって、例えば旅先の白川郷で歩いていた時に目が合ってときめいた「卵かけごはん」のガチャガチャ(なぜ、白川郷で卵かけごはんなのかは、私にもわかりません・・・。それがまたガチャガチャの魅力・・・)
出会ったプロセスもしっかり心に刻まれているから私はその子たちを捨てることができません。

誰かにとってはきっとガラクタでも、私にとってはワクワク感を求めて買ったモノで、数ある中から出会った、特別な子。価値や意味がしっかりあります。
その子は単なるモノというだけでなく、私の大切な体験であり思い出です。だから他の人がこの子をモノとしてガラクタだと思っても関係ありません。
同じモノでも、そのモノとどんな出会いをするかで関係がずいぶん変わるよなぁ・・・と、改めてモノとの体験や思い出の大切さに気づかされました。

―ガチャガチャで見つけた私が思うZ世代の価値観―
自分にとって価値や意味があるものなら共感を得られなくても良い。
思い出が詰まっているモノは、そばに置いておきたい気持ちがある。

(岸本麻里)

本コラムを読んだHanako世代の感想コラム
率直に言って、Hanako世代(別名、バブル世代)の私には、大人がハマるという、この「ガチャガチャ」の価値が全く理解できない・・・。
子供のころ、「グリコのおまけ」(確か、男の子むきと女の子むきがあった。ああ、時代を感じる)の箱をちょっとだけワクワクしながら開いた覚えはある。(あくまでも「オマケ」だが)

確かに、日本人はこうしたミニチュアは好きなのかもしれない、とは思う。そういえば、いっとき私の机の上のコップに座らせていた「フチ子さんシリーズ」はなかなかの出来だったなぁ。あれも、ガチャガチャで出てくるものだとあとで知った。
とはいえ、今回、こうしてZ世代のメンバーの原稿を読んで、どうしても理解できないのは、「何が出てくるかわからなくて、一見ガラクタに見える(失敬!)モノにお金と時間をかけることだ。
どうしても、「それってなんの役に立つの?」と思ってしまうし、旅の思い出として買うなら、そのモノのウンチク(旅先の土地との関係や歴史など)も語りたい。
・・・・・って、私、今、「役に立つかどうか」をモノの判断基準に挙げてしまった!

最近、「今の時代は、『役に立つもの』ではなく、『心を豊かにするもの』を開発しなければならない」などと、しょっちゅう口にしているのに・・・・。
結局、そういうことか。Z世代の若者たちにとって、「役に立つ」「オマケでもらえる(つまり得する)」「人に自慢できる(ウンチクを語れる)」とかは、欲しくなるために必要な判断基準ではないんだね。
育ってきた環境がこの違いを生んでいることは理解できる。
今度、どこかで「ガチャガチャ」をしてみよう・・・得たもので、心が豊かになれるかどうか試してみたい。

(広野郁子) 

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