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小川教授との対談:外部の目でイノベーションを

2016/03/17

2016年2月3日に掲載された日経新聞の記事をご覧になられて、神戸大学大学院経営学研究科教授の小川進教授が、アイ・キューブを訪ねて来られました。マーケティングやイノベーション管理を専門にご研究されている教授からのご質問に答えていくと、あらためて見えてくるものがありました。(対談は2月29日)

アイ・キューブが生まれるまで

小川(以下敬称略):新聞記事を読むと、企業を支える「なくてはならない活動」をされているようですが、どのような経緯で、アイ・キューブを立ち上げられたのですか?

アイ・キューブ代表 広野:リクルートを辞めて、専業主婦を3年ほどしました。その後、夫の転勤で静岡に行き、三菱電機の静岡製作所に嘱託社員として入社しました。そこではエアコンと冷蔵庫を生産しており、私は冷蔵庫のマーケティング担当として、ヒット商品の「切れちゃう冷凍」の開発に関わりました。3年働いたのですが、また夫の転勤があり関西に戻ることになりました。すると、三菱電機の携帯電話の工場が尼崎にあるからと、そこで働けるように静岡の上司が取り計らってくれたのです。

小川:携帯電話の、どのあたりの時期ですか?

広野:カラー液晶が出始めたころで、三菱のシェアも高く、フリップ型(折りたたむタイプではなく、番号を押す部分のみがふたで隠され、誤動作を防ぐタイプの携帯電話)を 作っていました。当時、二つ折りタイプが出始めていたのですが、私がデータを分析して、「今まだ少ない二つ折りタイプが主流になっていきますよ」と言っても、誰も聞く耳を持ちませんでした。でもしばらくすると、「広野さん予測の通りになったね。」と、そこからマーケティングの価値を感じてくれ始めたと思います。

小川:そもそも広野さんは、そういうマーケティングのスキルをどう身に着けたのですか?

広野:そうですね。80年代に、新卒で働いたリクルートで住宅情報オンラインネットワークの営業をする中で、覚えたのかもしれませね。

小川:不動産情報にさわることで、自然にデータベースを理解したのでしょうね。起業されたきっかけは?

広野:三菱電機の携帯事業部で働いていた時に、課長が正社員にさせようと人事部に掛け合ってくれたのですが、当時は中途入社もあまりない頃で、ダメでした。そもそも、静岡(家電)と尼崎(通信機)は三菱電機も別事業部で、せっかく作った消費者モニターもお互い使えないし、「広野さんの周りにいる、優秀な女性たちをネットワークすることで、三菱電機を外部から支援してくれ」と起業を勧められたのです。

小川:体の良い肩たたきだと、思ったりはされなかったのですか?

広野:いえいえ、課長は一生懸命人事と交渉してくれたので。社員にならないと給与も上がらない。出張も多いし重要な仕事をしているのに、もったいないからと心底思って下さったと信じています。

小川:小田さんは、どうしてアイ・キューブに?

アイ・キューブ取締役 小田哲也:私はもともとデザイナーで、マーケティングというものが嫌いでした。以前、私が感じていたマーケティングとは、できたプロトタイプの中からどれが良いかを消費者に聞いて、ほぼ多数決のような形で発売するデザインを決めるというものでした。でもそんな事をしていたら、結局他社と同じものしか残らなくなってしまうのに、デザイナーが言うことよりも調査結果が優先されることが多かったんです。

そこで、もっとクリエイターが活用できるマーケティングができないかと思い、当時同じ会社にいた広野に相談して、デザインする前にターゲットと接して、対話して、クリエイター自身が実際に感じたり、気づいたりしたことを企画やカタチにしていくことを実践しようとしたんです。デザイナーが直接調査に参加して、自らが感じたターゲットの想いや世界観を表現していくことが新たな価値を生むと思ったんです。

広野:今でいう、エスノグラフィーやデザインシンキングに近いですね。

小川:機能と形態が一致しないとダメと、15年前から分かっていたんですね。

小田:理屈はよく分かっていなかったんですけど…。マーケティングをもっと深く知れば、もっとデザインに生かせるのではないかと考えました。それで広野が起業したことを知って、アイ・キューブに来たわけです。

でも、当時の広野は地味な印象でしたね(笑)。今まで会ったマーケッターは、広告代理店やコンサルの方など、フレームワークを使って華麗に話すタイプだったので。

でも、それが生活者との垣根を低くして、まるで友人に話すように、どんどん本音を言ってくれる調査を実現できた要因かもしれませんね。飛び交う生活者の本音は、とても勉強になりました。

マーケティングとデザインの融合

広野:アイ・キューブの仕事を始めるとき、いろいろな人に「お金にならない」「関西では無理」と言われました。でも、10年経つと「広野さんの言う事、当たっていたね」とおっしゃって下さるようになりました。

小川:神戸は、コープ発祥の地で、消費者の意識も高く、商品化する経験をお持ちの方も多いんでしょうね。

広野:そうかもしれません。私たちが調査する方法は、たとえば、モニターと一緒に売り場で製品を見ながら、その方々のアクションを観察し、どこに惹かれたか、などを掘り下げて聞いていき、消費者の目線を肌で感じます。ちょっと前に話題になった「行動観察」ですね。また、生活者の皆さんの知恵を活かすことも取り入れています。

小田:私もデザイナー出身なので分かるのですが、デザイナーはこだわりが強く、自分の「我」が出てしまうことが多いんです。もっとマーケティングを知れば、自らのセンスが生かされるのに。技術があっても、本当のニーズを感じ、正しい戦略を持たないと、価値は提供できません。特に大企業は縦割りで動きがちですが、もっとデザイナーや技術者が柔軟に発想できる環境や仕組みをつくれば、新しい価値が生まれると思います。

小川:アイ・キューブさんの手法が、相性が良い商品はありますか?

広野:B-to-BもB-to-Cも手掛けているのですが・・・。そうですね、商品というより、企業との相性でしょうか。技術が強く、まじめな会社。そういう企業には、生活者の知恵を聞いて、企業の強みを活かすお手伝いがしやすいですね。

小川:なるほど。その生活者はどう選ぶのですか?

広野:150名ほどの、アイ・ブレインズという生活者のネットワークを持っています。

小川:維持は、どうしているのですか?年齢も上がったりするでしょう?

広野:そうです。大変ですけど、おひとりおひとりと電話やメールでやりとりをしたり、アナログ対応です(笑)

小川:最近のヒット作には、どのようなものがありますか?

広野:年間100プロジェクトほどに関わっており、お話しできないものも多いのですが・・・

三菱電機の冷蔵庫WXシリーズの開発では幅広いお手伝いをさせていただくことができました。モニターさんに来てもらって食材の出し入れをしていただいたり、開発の皆様とディスカッションをしたり、デザイナーの皆様の支援をさせていただいたりできました。

小田:弊社の主婦モニターさんと一緒に店頭に行き、実際に冷蔵庫を買う生活者の態度や視線を感じながら現場で話をしたり、「これのここなんて素敵・・・」というような、言葉にできない評価ポイントなども教えていただいたりと、現場で感じ発想するというやり方にトライもさせていただきました。

広野:あと、ヒット商品というのか、3月末に発売されることが先日発表された、三菱エアコンFLシリーズは、何年も前から開発者の熱い思いを聞き、幾度となく調査を担当してきました。世の中に出た喜びを感じます。消費者からは、「隠したい家電」「埋め込みが良い」という意見が多いエアコンですが、これはデザイン性が高く、スタイリッシュです。単に消費者の意見だけを聞いて作ったものではないのが素晴らしいと思います。

また、少し前のプロジェクトですが、オムロンヘルスケア様の全自動血圧計開発につながった調査を担当したこともありました。調査結果をご覧になられた商品企画トップの方のご英断には、今でも感服しています。日経デザインにも取り上げられています。

小川:ああ、これはうちの母も使っていますよ。

広野:ありがとうございます。当時は腕に巻き付けるタイプの血圧計が主流でしたし、オムロンヘルスケアさんはその技術に自信を持っておられたのですが、調査結果から、生活者はさっと測れる全自動血圧計を望む人たちもいる、ということを瞬時にご理解されたのだと思います。

目指すものは

小川:アイ・キューブは今後、どのようになりたいと思っておられますか?

広野:会社を大きくしたいという気持ちはそれほど大きくないのですが、考え方を広めたいとは思っています。メーカーの技術者や企画の方にマーケティングの研修をしたりすることも増えてきました。また、技術者の方とワールドカフェを行ってアイデアを出し、設計コンセプトにつなげたりしています。

小川:マーケティングの会社って、建築設計会社みたいなものですかね。

小田:先生がいて、アシスタントがいて、属人的なイメージということですか。

小川:クリエイターやアーティストですね。ぼくはそういう会社が多くなると、マーケティングの選択肢が増えて、商品の可能性が広がるから良いと思いますよ。企業も外部の力を借りて新しいものを生む必要があります。うまくいっている会社は、外の力をうまく取り入れていますよ。

広野:確かにそこにだけいると、先生がおっしゃっているまちがったものを上手に作ってしまう」ことになりがちですね。それを指摘できるのは、外部の目かもしれません。

小川:アイ・キューブは、企業の風通しを良くする役割があるのでしょうね。未来永劫良いデザインはありません。世代によっても、共感できるものは変わってきます。ぼくのゼミの大学生に聞いても、驚くような意見が出ますよ。

小川 進(おがわ・すすむ) 神戸大学大学院経営学研究科教授
1987年神戸大学経営学部卒業。89年同大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。98年米マサチューセッツ工科大学(MIT)でPh.D.(経営学)を取得。神戸大学経営学部助教授などを経て、2003年から現職。専攻はマーケティング、イノベーション管理。
― 主な著書 ―
『ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来』(東洋経済新報社) 2013
『新装版 イノベーションの発生論理』(千倉書房) 2007
『競争的共創論―革新参加社会の到来』(白桃書房) 2006

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