海外実感レポート

サンパウロ中央卸売市場に見る日本人の活躍

2018/10/31

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週末、我が家から車で20分ほどの距離にある、通称セアザ(CEAGESP)と呼ばれるサンパウロ中央卸売市場に行ってきました。

東京ドーム15倍の規模のセアザ。卸売市場としては、パリ、ニューヨークに次ぐ世界第3位の大きさだとか。もちろん南半球では最大。まさしくサンパウロの台所と言えるでしょう。平日は業者向けの卸売ですが、土日は広大な敷地の一角で、一般に公開されています。

野菜や肉といった生鮮食品からチーズや香辛料、それに花や植木、日用雑貨まで何でも揃い、かつ新鮮で安いということもあって、わざわざ車で行く価値があるところです。

チーズ

日本食材

なんといっても、我々日本人に有難いのは、新鮮な魚介類が手に入るということ。

お魚売り場1

お魚売り場2

気のせいか、魚売り場が一番盛況でした。刺身パックやカラスミも売られていて、ブラジル=肉のイメージが強いだけに、とても不思議な感じがします。

お魚売り場お客様

からすみとイクラ

参考までに、このイクラ、150グラムで約2,800円でした。こちらの魚屋さんは、日系の方が経営なのでしょうか。制服の後ろ姿に“Hasegawa”と書いてありました。

制服後ろ姿Hasegawa

肉売り場にも行ってみます。ブラジルでは牛肉か鶏肉がポピュラーですが、ここでは、めずらしく豚足も売られていました。

豚足

鶏モモ肉

今日は鶏のモモを8枚(骨なし)を買ってみました。日本円で約500円という安さです。次は野菜売り場にも足を向けてみましょう。

野菜売り場

大根やほうれん草、蕪といった日本人に馴染みのある野菜も、手に入ります。ほうれん草は“HORENSO”、蕪は”KABU”で通じます。

ホウレンソウ

カブ

シイタケやシメジも、日本語の名前のままで売られています。

シイタケ、シメジ

写真を見てお気づきかもしれません。野菜を売っているのは、圧倒的に日系人経営の店でした。それもそのはず、サンパウロ、いや、ブラジルの野菜の栽培、流通において日系人の功績は計り知れないものがあるのです。

日系人男性

かつてブラジルでは、野菜を食べる習慣はありませんでした。主に果物からビタミン補給をしていたとか。そこに野菜を持ち込み、普及させたのは、日系人と言われています。その背景には、日系移民の歴史が深く関連しています。

日系人親子

100年以上も前、日本人がブラジルに入植した当時は、コーヒー農園での従事を担うためでした。しかしその後、コーヒー豆の相場下落等で、やがてはコーヒー農園を去らなくてはいけなくなり、自作農への転換を余儀なくされたのです。もともと、野菜作りに長けていた日本人。日本から様々な野菜の種子を持ってきては、ブラジルの土壌に合うように品種改良に努めました。その裏には、日本人の勤勉性と知恵があったのだと思います。

こういう経緯から、野菜の生産者といえば日本人と言われるようになりました。当初は仲買人はブラジル人が大半を占めていましたが、日本人仲買人は勢力も増し、1950年代には日本人が設立した「5台農協」が生まれます。やがて彼らは直販を始めるようになり、それが発展した形が現在のセアザなのだそうです。設立した1966年当時は、セアザ内の公用語は日本語だったと聞くと、野菜の流通において日本人が大きな貢献をしたことがわかります。

Yamagishiの卵

日系2世以降ともなると、農業関連の仕事から離れ、医者や弁護士といった職業に就く者が増えていきました。それでも、未だ、野菜の生産農家、卸といったところに日本人の名前を見かけたり、ブラジルにおける養鶏の7割は日系人によるものと聞いたりすると、過去の日本人の苦労のおかげで、現在のわたしたちはたくさんの恩恵を受けていることを感じさせられます。セアザに来るたびに、そんな感謝の気持ちで胸がいっぱいになりながら、買い物を楽しんでいます。


●ゆうこ●
大阪生まれ。ドイツ生活を経て、2017年4月よりブラジルはサンパウロでの生活をスタート。海外生活は中国を含めて3か国目。平日は日系人向けのボランティアや、趣味のラテンダンスを満喫。最近ではボサノバの歌も開始。ガチガチのゲルマンとは違い、ゆるくてオープンなラティーノに囲まれる暮らしを楽しんでいます。

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